心配症なあの人


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不安とは口うるさい母親のようだ。
論点や理論もままならず、ただうるさく、そして容易に止まない。
でも、振り向き、目を見、耳を傾ければ、ただ心配のあまり言葉足らずなだけで、決して悪気は無いのかもしれない。
そして僕はただ面倒と忙しさのあまり、それを煙たがっている。

時には不安に答えることも、それに思いを巡らせ、考えることもなく、耳を傾けるだけでいい。
解決もその糸口もないかもしれない。
ただ心配している人に向けて、”どうにかなるよ”と優しく言ってあげればいい。
そして、そう言えれば、そう思えれば、”どうにかなる”ような気がした。

雪のように冷たい雨を見ながら、ふとそう思った。