本質的な「左右」


私にとって古典的な「左右」の思想区分は、本質的なものには見えない。
本質的な壁は、私利の確保や全能感の獲得のために政治行動をする人間と「類的」な動機に駆動されて政治実践をする人間たちのあいだにある。

内田樹

From 「ポストグローバル社会」とナショナリズムについて